当寺にはほぼ等身大の石仏の地蔵尊が祀られております。 その由来は、『弘安二年七月(一二七九年)、鎌倉戦士を祀るため六郷川の渡守宇吉なる者が建立したるもの也。その功徳は熱病吹出物皮膚病一切を治した故わけてイボ地蔵尊の稱あり 。』と伝えられております。 また、この地蔵尊の名前は子どもの健やかな成長と人々の延命を かなえて下さる菩薩さまとして祀られていることを現しております。 かつては、この地蔵尊の縁日である四の日に境内に縁日が 立ち露店で賑わったとのことです。
当寺には京都の伏見稲荷大社の三ノ峯社のご分身である稲荷社が祀られております。残念ながらその由来は不詳です。 尚、『江戸名所図絵』所収の当寺の挿絵(「市場観音」)にも、【いなり】と記載された社が描かれており、江戸時代から当寺に祀られていたことがわかります。
当寺には本堂横に富士浅間神社のご分身が祀られております。現在は、明治初年の神仏分離令により祠(ほこら)が神社に移され、大日如来の石仏のみになっております。 また、現本堂建築のため、小さな山状だった宮は現在のようなたたずまいとなりました。由来については、專念寺の歴史の項をご参照下さい。